小さな幸せ
柴犬のロクは、庭先で暮らしています。
一日二回の食事に、大好きだったお父さんの作った小屋
それにわずかながら連れ出してくれる散歩。
冬は少し寒く夏は少し暑いですが、
ロクに不自由はありませんでした。
ただ一つの不満と言えば「家族の姿が見えない」
ということでした。
大好きだったお父さんが天国へ出かけた時も
最後に知ったのはロクでした。
その夜も庭先で家族の声だけをじっと聞きながら、
目を閉じ体を丸めていました。
夜も更け秋風が小屋を吹き抜ける頃、
ロクは小さな物音に目を覚ましました。
「誰だ?」
何度か吠えましたがその音は止みそうにありません。
それどころかお母さんに「ロク静かに!」と怒られる始末。
ロクはぐっと声を殺してつながれたリードを
思いっきり引っ張りました。
少し古かったせいかつながれていた鎖は
首輪の根元で「パチン!」と切れ
ロクは一目散に音のする方へ走りました。
やはり猫でした。
においでおおよその見当は付いていましたが、
本能的でしょうか防衛本能が働くのです。
「あ!ロクだ。君自由になったんだね。」
ゴミ箱に顔を突っ込んでいた浅黒い猫がロクに言いました。
ロクは「初対面で失礼だな」と思いつつ
自らの姿を見て驚きました。リードがないのです。
うれしいのかもわからぬまま佇んでいると浅黒い猫が
「どこへでも行けるよ。そう自由にね」その言葉はまるで
大好きだったお父さんに一度だけ連れられて行った
河川敷でのことを思い出す一言でした。
それから数秒後、ロクは夢中で走りました。
わずかに残るあの場所のにおいを頼りに。
あの場所へ行けばお父さんに会える気がしたのです。